■Event Report
武者リサーチ代表 武者陵司氏
武者リサーチ代表
武者陵司氏
2020年の出だしはきわめて好調です。新型コロナウイルスの影響ではしごを外された格好ですが、基本的には一過性の問題だと考えています。中国に集中していた世界のサプライチェーンが他国に大きくシフトする動きが始まっていますが、新型コロナウイルスの問題は、これを一層加速することになるでしょう。マーケットは一時的に調整してその後回復していくと見ていますが、グローバルサプライチェーンの大変化がマーケットにどのような変化を与えるのかが重要になります。
世界経済はいま、どのような状況なのでしょうか。2019年の夏ぐらいまで、多くの専門家は「2020年はリセッションだ。2009年から続いた米国の景気拡大が終わる。株安・金利低下・ドル安だ」と強く主張していました。現時点でこのシナリオを維持している人はほとんどいません。つまり、コンセンサスが大転換したわけです。「2020年は10年サイクルの景気拡大の終盤ではなく、ミニ景気回復場面である」と。
端的にいえば、米国経済のうち製造業は1割で残り9割はサービス業が占めます。しかし、米国経済の動きを決めているのは、そのたった1割の製造業なのです。リーマンショック以降、米国の景気拡大は続いています。実はこの10年間に、ミニ景気回復→ミニリセッションという小さな景気サイクルが3つありました。2018年から2019年末までは、製造業の景気が後退するミニリセッションでした。このミニリセッションのすう勢がどうなるか。私は以前から「2019年末から回復軌道になっている」と主張してきましたが、おそらくそのようなすう勢にあるでしょう。
米国の景気サイクルを決めるのは基本的に半導体産業といっていいでしょう。米国の製造業で最も大事な産業だからです。2018年から下向きだった米国の半導体産業の景気が大きく転換しようとしている。これが景気を考えるうえで最も重要なことです。
米国の半導体企業における所在地別売上高を見ると、中国が半分以上を占めます。いわゆる「米中貿易戦争」が起こると、いちばん先に影響を受けるのは半導体産業なわけです。
2018年10月、ペンス米副大統領による「米中冷戦」の大宣言で米中の覇権争いが始まりました。米国経済がどうなるかわからない、半導体産業は壊滅だということで、SOX(フィラデルフィア半導体株)指数は2018年秋から同年末にかけて3割も急落しました。ところが同指数は鋭角的に回復して、いまや史上最高の株価水準にあります。米中冷戦によって米国の半導体産業は壊滅するのではなく、むしろブーム状態になっています。これは、現在の景況感大転換の最も重要な要素といえます。
どうしてこんなことが起こったのでしょうか。理由は実は米中冷戦そのものにあります。米中冷戦の結果、中国は米国のほぼいいなりになって関税や知的所有権を認めるなどの屈辱的な一時決着を見ました。他方で、中国は虎視眈々とチャンスをうかがっています。表面的には米国に対抗できませんが、最先端の半導体分野で実績をつくって中国企業がこれを支配する――というプランをもとに2019年夏以降、中国は急激な投資を進めています。これが、半導体産業が息を吹き返した最大の理由です。
たとえばいま、世界がしのぎを削っている5G投資。中国は13億という巨大な人口をもつ中央集権的国家です。5G投資に中央政府のリーダーシップが加われば、中国はぶっちぎりの実績をつくることができるでしょう。このような戦略のもとに、おそらく2019年夏から猛烈な発注が起こり、それをもとに半導体製造装置などの需要が急増しているのです。
この半導体ブームの最も重要な牽引者は世界最大の受託生産メーカーであるTSMC(台湾セミコンダクター)でしょう。中国は半導体の注文を大量にTSMCへ出しています。これがきっかけとなって、2019年ずっと下向きだった米国の製造業景気が上向きに転じるシグナルに表れ、それが世界に蔓延しているわけです。つまり、いま起こっている景気回復は、単なる循環的なものに加えて5Gという技術革新を根拠をもつ新たな投資が起こり始めているということです。
この流れは半導体に限りません。たとえば、GAFAのなかでもアップル株が急騰していますね。他社はPERが50~60倍でしたが、1年前のアップルはわずか12倍で利益にふさわしいバリュエーションでした。アップルのバリュエーションがどんどん上がっていることは何を意味するのでしょうか。
アップルのユーザーは世界で9億人います。いよいよ5Gの時代に入って、この9億人に対して、5Gをベースとした新しいインターネットサービスを展開できます。つまり、ハイテク景気の先を織り込んでいるのですね。これが、現在の景気拡大と半導体を主体とした株価上昇の背景にあります。
いうまでもなく日本は半導体において、日本しか供給できない「オンリーワン」の技術や装置をたくさんもっています。日本経済もその恩恵を受けるはずです。だからこそ、今年の基本線はハイテクを中心とした景気拡大の年。その最初の動きが1月の前半にはっきり表れたと見ています。
GAFAの株価のように、これ以上は望めないだろうと思っていたところにハードウエアが劇的に進化したことで、新しい世界が見えてきました。たとえば、通信速度が100倍になれば、それに沿ったさまざまなサービスが生まれていくわけです。我々の生活も大きく変わるだろうし、そのような夢がもう目の前にきているのです。
冒頭で述べた新型コロナウイルスについての私見も述べておきます。この先どうなるかは予断を許しませんが、SARS(重症急性呼吸器症候群)よりも大きなインパクトがあることは間違いないでしょう。日本への帰国者で感染率を概算すると1%ほど。武漢市の人口(1100万人)なら10万人の感染者がいることになります。SARSの感染者が8000人ぐらいでしたから比べ物になりません。
それに加えて、情報がしばらく公開されなかったことがわかって中国という国の統一の在り方が批判の対象になる可能性があります。今回の問題をきっかけとして、グローバルなサプライチェーンが中国から米国・メキシコへ戻ってくるかもしれません。中国の地盤沈下は避けられないでしょう。
中国はいま、世界の工場になっています。セメントは世界生産の6割、鉄は5割強、自動車は4割。ほとんどの生産を中国に依存する世界の体制が、サスティナビリティにきわめて反する体制であったと。中国一極依存を変えなければならない大きな流れになるでしょう。
日本はどうなるのか。最も大事なことは国際分業におけるポジショニングです。いまやどの国も一国のみで経済は完結しません。経済を相互依存しているなかで、優位性がどちらの国の製品・サービスにあるのか、今後はいわば希少性の競争になります。日本は米国に次いで圧倒的に希少性の高いものを供給していると思います。スマホやパソコンなどの最先端の部品は圧倒的に日本製です。表面には見えないオンリーワンの強さは、バイイングパワーと収益力の上昇という形で顕在化されようとしています。
※本記事は登壇者の発言を記者が独自に取り纏めたものであり、登壇者の発言内容を正確かつ網羅的に記したものではありません。
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取材・執筆:K-ZONE (掲載日:2020年3月9日)
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